心願の国

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原爆の子は鳩になった


原民喜に「心願の国」という遺作がある。

自身が広島の原爆によって被爆した原民喜は、「夏の花」という作品によって、原爆の悲惨さを世に知らしめた最初の作家である。

1951年の3月、世界から核兵器がなくなることを痛切に願いながら、東西冷戦による核開発競争と朝鮮戦争の勃発を目の当たりにして、核戦争の不安と重圧に耐えきれず、中央線吉祥寺駅西荻窪駅間の鉄路に身を横たえ自ら命を絶ってしまった。

「心願の国」には、次のような箇所がある。

「僕の眼の前には再び仄暗い一塊りの別の地球が浮かんでくる。その円球の内側の中核には真赤な火の塊りがとろとろと渦巻いている。あの鎔鉱炉のなかには何が存在するのだろうか。まだ発見されていない物質、まだ発想されたことのない神秘、そんなものが混じっているのかもしれない。そして、それらが一斉に地表に噴き出すとき、この世は一たいどうなるのだろうか。人々はみな地下の宝庫を夢見ているのだろう、破滅か、救済か、何とも知れない未来に向かって……。」

この未来のカオスをイメージさせるこの文章は、ある夜、眠れない作者が想像する暗く冷え固まった何億何万年後かの地球の姿の後に、続いて描かれている。

 「心眼の国」の3年前に三田文学に掲載された「戦争について」という短文がある。そこに、次のような文章がある。

「人類は戦争と戦争の谷間にみじめな生を営むのみであろうか。原子爆弾の殺人光線もそれが直接彼の皮膚を灼かなければ、その意味が感覚できないのであろうか。そして、人間が人間を殺戮することに対する抗議ははたして無力に終わるのであろうか。」

米国のトランプ大統領が、「核体制の見直し(NPR)」を発表して、核兵器の先制使用もありうること、小型核兵器の開発を進めることなどを表明した。それに対して、河野外務大臣は(つまりは、現政権は)「高く評価したい」とコメントしたのだ。なんという貧困な想像力だろう。況んや世界で最初の被爆国なのだ。その相手は、米国そのものではなかったのか。

原民喜が抱いた絶望を、いつこの国は解決してくれるのだろうか。

人間が人間を殺戮することに対する抗議を無力に終わらせては、絶対にいけないのだ。