陳腐な予知能力?
私は霊感とか予知能力とか、超自然現象とかの類いを全く信じない人間だ。
だから、幽霊だとか霊魂なども信じちゃいない。
神の存在も信じない。人間は死んだら、それで終わり、無に帰るだけのものなのだ。
ただし、暗闇はなんとなく恐ろしい。でも、それは幽霊や魑魅魍魎が居るから怖いのではない。
暗闇は、無防備で生命が危険に晒されるからなのだ。そのような経験を積んで来た我が先祖の遺伝子の記憶が恐怖を感じさせるのだろう。
ところが、先日、おかしな体験をして、頭が混乱することになってしまった。
散歩をしていると、何となく昔の職場の事務のHさんのことが思い出されて来た。30年以上も前のことだ。
彼女は、私より少し年上で仕事をしっかりとやる穏やかな女性だった。
勤務していた高校が、かなり大変な状態だったので、仕事に手を抜かないが穏やかな女性が事務職にいるというのは、ずいぶんと助かることだった。それに、彼女は組合員でもあった。
学校にも労働組合に入らない教職員はかなりいる。労働組合を毛嫌いして入らない人もいれば、労働組合というものがよく分かっていない人もいた。組合費を払うのがもったいないと思う人もいた。
政治的なことが理由で入らないという人も、もちろん、いた。
労働組合というのは、労働者の生活を守るために存在しているのが基本なのだがなぁー。それが理解できないのだ。
そのくせ、労働組合が勝ち取って来た厚生面の様々な権利だけは、まるでお上が初めから与えてくれていたように享受している。
異動の時期になると、組合員でもないのに、泣きついてくる職員もいた。労働者の生活を守るのが、労働組合の仕事なのだから、非組の人たちのためにも活動したけれど、大きな矛盾であることは確かだ。
そんな中で、Hさんは、活動家ではなかったけれど、組合の意味がちゃんと分かっていた組合員だった。
そんなことを考えながら歩いていると、散歩をしている道の向こうから女性が日傘をさして歩いて来た。
なんとなく顔を見ると、なんだかHさんに似ている。嘘だろと思ったけれど、声が出てしまった。
「あれッ、Hさんじゃありませんか? 」
怪訝な顔をする女性。
「私、◯◯ですよ」
「あれッ、お久しぶり。この近くにお住まいなのですか?」
「ええ。Hさんは?」
「小学校の向こうに住んでいるんですよ」
「お元気そうで、云々」
「◯◯さんも、云々」
「いやーッ、年末に腰椎を折ってしまったんですよ」
「それは、大変だったですね、云々」
「ビックリですね。近くだから、また、お会いすることもあるでしょう」
「ええ、ビックリしました。それでは、また、お元気で」
などという立ち話をして、お互いに別れたのだが、歩いているうちに、混乱して来てしまった。
今のは、一体なんだったのだろう?
Hさんのことを思い出しながら歩いていたのは、今しがた彼女に出会う前だったのか、それとも、出会った後に、私が勝手にそのように勘違いをしてしまったのか、分からなくなってしまった。
確かに、彼女のことが急に思い浮かんで来たら、目の前に、彼女が現れたように思うのだが、私の頭が混乱していただけなのかもしれない。
歳をとって、脳みそが崩れて来ている可能性はある。大いにあるので、時系列が入り乱れてしまったのかもしれない。
錯乱の前兆?!
単に、偶然なのかもしれない。
因果関係などを求めるから、妙なことを考えてしまう。
役にも立たない予知能力が備わったのだろうか。これは有り得ない。
虫の知らせ? どんなことの? 虫の知らせなんて、いいことには使われない。
事によると、終わりなのかな。
それなら、何だって起こる。