亡霊

倒れた頃は、目の前にいつも死がぶら下がっていて、見える風景も温かみなど感じられず平面的だった。

言ってみれば、秋の末の陰影のない雑木林の風景のようなものだった。

体のほとんど全て、9割方が死の靄の中に紛れ込んでいるような具合だった。

いつ死ぬか分からない諦めと、何とも形容し難い悲しみの中で、自らの生の期限を推し量って暮らしていたのだ。

心臓で死ぬのだけは、どうしても認めることができなかった。死ぬのなら、別な原因で自分は死にたいとばかり考えていた。

10年生きられるか分からない。それならば、山で滑落して死んだ方が、私をこんな状態にした運命に逆らって自分の意志を貫いたような気がしたのだ。せめて運命を見返してやらなくては、死んでも死にきれないと、本気で考えていた。

夜の山道を平気で歩いた。ヘッドランプも点けず、暗くて月明かりだけの山道を駆け下りて行く。暗闇の向こうには、魔物が潜んでいるかも知れない。魑魅魍魎が跋扈して、夜の闇を行く登山者をたぶらかそうとしているのかも知れなかった。

私の心は、麻痺をしていた。なぜなら、私は半分死んでいて、私自身が亡霊だったから。亡霊の私が山道を駆け下りて行く。

もしも、私に出会った人がいたら、駆け抜ける亡霊の姿に腰を抜かしたかも知れない。

山では、ムササビが木の間を飛び、コウモリの目がライトの光を反射して赤く浮かび上がる。

ああ、悪魔が暗闇で踊りまくる。

亡霊になった私は、我を忘れて夜の坂道を駆け下って行くのだ。