老人と猫
その老人は、毎日、橋のぞばの空き地に来ると、持ってきた餌を皿に移し替えた。
すると、待っていた猫は、喜びに身を震わせながら餌に食らいつくのだった。
この猫に餌を与えるのが、老人の日課だった。
こんなことが数年続いたのだが、老人の体調がだんだんと思わしくなくなってきた。そして、ある朝、老人は亡くなってしまった。
その日、猫は空き地で、やって来ない老人をいつまでもじっと待っていた。
空腹で仕方がなかった。なぜ老人がやって来ないのか、猫には分からなかった。猫は、自分が老人に捨てられたと思った。すると、悲しみが溢れて猫のすべてを覆ってしまった。
いつも老人がやって来る道の先を眺めて、猫はいつまでもその場所を動かなかった。
夜がやって来た。朝が来た。また、夜が来て、朝になった。
猫は、餌を持って来てはくれない老人を諦めることにした。
老人に見放されたという悲しみよりも、空腹のほうが遥かに切実なものになってしまったのだ。
猫は、老人のことを忘れることにした。
これからは、街をさまよって、自分でどうにか餌を探さなければならない。
そう思ったふうで、猫は橋のそばの空き地からひっそりと立ち去ってしまった。
そのようにして、老人の死は、すべて忘れられてしまった。