モグラ情話、春の宵

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出典:https://thevaliens.com/science-with-the-valiens/zoology-with/mammals/f-p/mole-talpidae/


男と女の世界については、色々と揉め事があって、ずいぶんと面倒なこともあるのがこの世の常。

モグラの世界でも事情は同じで、惚れたモグオがモグミに仕掛けた恋の顛末、いかが相成りますことか。乞うご期待、ご期待!

 

開幕まで今しばらくお待ちください。舞台袖にてひそひそ声。役者がまだ来ていないじゃねえか。何してんだ。もう舞台の幕が上がっちゃうよ。

おやまあ、やっと来た。

 

べべんべんべん、ベンベベン。掻き鳴らされる太棹の三味線。

よーぉっ!

舞台上手より姉さん被りのモグミ姐さん登場。ふくよかな体に、細いおヒゲが揺れている。何を隠そうモグラのモグミ姐さんじゃないか。

 

いい歳をして、悩みが尽きないね。眠れなくてこんなところまでふらふら出て来ちまった。なんの因果かねえ。

気持ちが収まらないのさ、あの人のことはねえ。

 

と、近くのベンチに腰掛けた。

 

モグミ姐さんの後ろを、こそこそと隠れるようにしてつけているモグラが一匹。目は赤く潤んで、一心不乱に姐さんの様子を見つめている。その気配ただ事ではない。何を隠そうモグラのモグオだ。

 

最近、寝ても覚めてもモグミ姐さんのことばかり。ずっと頭を離れない。熱に浮かされたように思い続けている。

 

これが、若い男モグラと女モグラの間のことならば、単なる美しい恋愛話で終わるはずなのだが、モグミ姐さんとモグオの場合はちと事情が違ってくる。

なぜなら、モグオには妻がいる。子供モグラも二匹抱えている。いっぽう、モグミ姐さんもバツイチで息子が一匹。

二匹ともそれなりの年齢で、二匹でいること自体が、ロミオとジュリエットのように美しくは行かない。

単なるモグラ二匹、という按配だ。

 

姐さん、とモグオが呼びかける。

明日も、一緒に畑を駆け巡ろうよ。場所は探して来ました。川のそばの四角い畑。どうだい? いいでしょう、姐さん。

ええ? またなの? 一昨日、山のそばの丸い畑に行ったばかりじゃないの。そんなに続けて出かけていたら、息子になんて言われるか。二人の関係が息子にわかってしまうじゃないか。

それに、あんたこの頃ちょっとシツコカないかねえ。

 

しつこいとか何とか言ったって、もともと多少はモグミ姐さんがモグオをその気にさせてしまったところもある。

誘われるままそれを良いことにして、自分が色々な畑に行きたいものだから、みんなと一緒ならというので出かけて行った。確かに初めのころは他のモグラも何匹か誘われて一緒に畑に出かけたものだ。ところがそのうちに、モグオと姐さんの二匹きりになってしまった。

 

その時にモグオの誘いを断ってしまえば、今になってこんな面倒なことにはならなかったはずなのだ。

 

ああ、後悔しても始まらない。

 

モグオは、ますますモグミ姐さんにのめり込み、太った体をユスユスと振りながら今回も、畑に誘うのだった。

 

モグミ姐さん、本当はモグオのような男モグラはタイプではない。以前も別なモグラと付き合っていて、ずいぶんと楽しい思いもしたのだが、姐さんちょっとワガママなものだから別れることになってしまった。

その独り身の寂しさ切なさの隙間に、折りよく現れたのが、いやつけ込んできたのがモグオというわけなのだ。

 

ブサイク男のモグオでも、寂しさを紛らわせてくれるのなら、多少のことはガマンして付き合ってみるかというので、付き合い始めたのが運の尽き。最近は、モグオがそばに来て、親しげに囁きかけてくると、虫酸が走る。どうにか別れることができないかと思うほどになっていた。

 

ベンチのそばには、春の宵ということで桜の木が一本外灯に映し出されて、モグミ姐さんを一層艶めかしい雰囲気にさせているのだが、桜の花はすっかり散ってしまって、緑の若葉のふちにしみったれた花のカスがちらほら残っているだけ。

 

蛾が一匹、ブーンと羽音を立てながら姐さんの前を通り過ぎて行った。それを目で追っていた姐さん、ハタと手を打ってニッコリ。

 

そうだ、訴えてやる。セクハラモグラのモグオめ。

 

今となっては、寂しさを紛らわしてくれた束の間の恋も、憎さ百倍のセクハラ親父ということに変貌してしまったという次第。

 

キッとモグオを睨みつけるモグミ姐さんの鋭い目つきに、誘っていたモグオはハッと後ずさる。でも、恋した男の悲しさで、自分が姐さんに嫌われていることに気づいた様子はない。

いや、気づいたのかな? あれ、気づいた? まさか、気づくわけがないでしょう……。

 

姐さん、立ち上がると駆けるようにして舞台下手に消えてしまう。あとを追ってモグオがよたよたと立ち上がる。舞台には桜の木が一本外灯に照らされているのみ。

生暖かい風がひと吹き。

 

このあと、モグミ姐さんとモグオの顛末はいかが相成りますことか。吉と出るか凶となるか、次回までのお楽しみぃ〜!

 

拍子木がパチーンバチーンと打ち鳴らされ、三味線がべんべんべん、べべんべん。

舞台暗転。

お帰りはこちらでーす!

 

こんな下らない芝居に出させやがって。

なに言ってんだ、てめえ。さっさと片付けて帰りやがれ。今度は遅れるんじゃねえぞ。

金払え!

バカ抜かせ!

 

 で、モグミ姐さんから相談があった。

 

私困っているんです。どうしましょう。このままでは、このモグラハイキングクラブにはいられません。どうかモグオを追い出してしまってください。顔も見たくはありません。

 

というわけで、モグラ役員一同、モグオに会って事情を聞く羽目になってしまった。

モグオ君、思い詰めてはいないだろうね。あっさり引き下がってくれよなあ。