桃の節句

今週のお題「ひな祭り」

少年はお雛様が、自分のものでなく妹のものであるのが残念で仕方がなかった。かといって、お雛様を自分のものになどできないことはよく分かっていたし、そんなことをしようとするのは、男として恥ずかしいことだと思っていた。それに、可愛い妹の持ち物を奪い取ることなど考えもしなかった。

しかし……しかしである。少年は、妹が羨ましくて仕方がなかった。

3月3日の雛祭りが近づくと、お雛様を飾る台を出して、お内裏様や三人官女、そして右大臣、左大臣を並べるよう母親が、少年と妹に頼んだ。もっと幼いころは、父親が予め台をセットしてくれていたが、小学校の高学年になるころは、すべて少年が中心になって設えていた。

ただ、雛人形に対する扱いは、少年の欲望のままであった。

三人官女が持っている柄杓や左大臣、右大臣が担いでいる弓、やなぐい、腰に吊るした剣などを、思いのままに剥ぎ取って、妹としみじみ眺め回したものだ。挙げ句の果ては、三人官女の首まで引き抜いて、中がどうなっているのか子細に調べたりもした。

菱餅を台の一番下に置いて、左右にぼんぼりを飾りつけると、何となく改まって、雛祭りだという気持ちになった。

母親が、散らし寿司を作ってくれた。上には黄色い玉子の細切りと桃色をしたデンブが散らしてあった。まるで、桃の花を散らしたようであった。

この季節になると、四国のこの地方は、レンゲ畑が広がり、その向こうに菜の花が咲いて、黄色とピンクの対比は目も奪われるような鮮やかさである。その向こう、重信川に沿った防風林のすぐ脇には、桃の花が濃いピンク色に匂い立つようであった。

あれから何十年も経った。あの雛人形たちが、どうなったのか分からない。妹が持っているのかもしれないが、今思うと安物の雛人形であったから、嫁いだ時にわざわざ持って行ったとも思えない。

大人になってから、雛祭りとは、とんと縁がなくなった。

妻が、この間中から、小さな内裏雛を飾っているだけである。

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