記憶の断片
過去が怒涛のように頭の中に蘇って来る。
そのすべてが感情だ。切なくて、甘ったるくて、泣けそうだけど、歯がゆいほど戻ることができない。
夏の夜の湿った空気のなか、流れる外灯の仄暗さを受けて、九号館の入口の外に張り出したバルコニーのような屋根の上で狂女を演じていたお銀姐さんは、今でもあの時のまま歳をとってこの東京をさまよっているだろうか。
愛は愛とてなんになると、あがた森魚が歌っていた女々しさを、馬鹿にしながら、それでも、時は過ぎて行った。
そんな甘ったるい青春の記憶は、どこかで途切れてしまっていて手掛かりがない。
夜空には朧月がビルの後ろに浮かんでいたけれど。
心のなかにある澱を浚うには、どうすればいいのだろう。その手立てがない。