ジャズ喫茶『ビレッジゲート』
新宿に『ビレッジゲート』というジャズ喫茶があった。
大学に入って「自由舞台」という学生劇団に入団したころ、仲間と結構行ったジャズ喫茶だ。
『ビレッジゲート』が目的ではなく、新宿に行ったついでに、ほかに入るところもないので入るということだった。
店内は、壁が真っ黒く塗られていて、ポスターが至る所に貼られていて、入り口近くには大きな伝言板なんかも掛けられていたような記憶がある。トイレも落書きだらけだった。
「自由舞台」のアトリエが、真っ黒に塗られていたので、『ビレッジゲート』の店内に入ると、妙に気持ちが落ち着いた。
今思うと、店内にはタバコの煙がいつも立ち込めていたように思う。そんな中に、大音量でジャズのレコードが流れている。座席には、長髪の若者が深刻な様子で座っていて、本を読んでいたり、何か書き物をしたりしていたものだ。
一見、若い芸術家や詩人たちが集まる場所のような雰囲気だった。
反体制派の巣窟のような場所と言い換えてもいいかもしれない。
それが私には居心地がよかった。
大学を出てから30年ほどしたころ、懐かしさから訪ねて行ったのだが、『ビレッジゲート』は跡形もなかった。
後で知ったのだが、新宿連続ピストル射殺事件で日本国中に名前が知れ渡った永山則夫が、この『ビレッジゲート』で一時働いていたということだ。
60年代後半から70年代へかけての、ある時代の特徴を共有していた喫茶店だったような気がする。
あの頃は、私も若くてどこかでデカダンスへの憧れを持っていた。
カジノ法案
この時期に、自民党はまたしてもカジノ法案を提出して、強行採決をしようと目論んでいる。
1年以上前に、このカジノ法案が出て来た時も、あまりにも日本という風土に似つかわしくないので、何でこんな法律を提案するのだろうと、怒りが込み上げて来た。
その時に、こんなブログを書いた。
その後、状況が変化して、カジノ法案に対する理解や検討が深まったのだろうか。とてもそのようには思えない。
大体が、森友学園問題への対応や北朝鮮の脅威を煽ることや、臨時国会も開かずに、やっと開いたと思ったら総理専権事項をタテに冒頭解散、総選挙。前原誠司の裏切りで民進党が分裂する隙に、選挙に勝ったものの、その後は財務省の公文書改ざんと加計学園問題でてんてこ舞いで、カジノ法案についてまともに検討している暇などなかっただろう。
その上、うまく行ったかどうか分からない、おそらくはトランプペースの日米首脳会談が終わったばかり。
日本は、只今現在、国家としてどのような対応が必要か、真剣になって考えなければならない時なのだ。
それなのに、またしてもカジノ法案を提出して、何としてでも通そうとする。どこを向いて政治をしているのだ。
自民党は、胡散臭い言葉だけれど、「美しい日本」を取り戻すというのが、選挙での歌い文句だったではないか。カジノは「美しい日本」に相応しいものなのか説明してほしい。
捕らぬ狸の皮算用で、自民党議員も公明党議員も日本維新の会の議員も、みんな儲けることばかりに狂奔しているようだ。
「特定複合観光施設」を作り上げれば、ラスベガスのようにきらびやかなネオンが光り輝き、カジノでは一晩で何億ものお金が懐に転がり込むに違いない、という幻想。
金と経済の亡者。
カジノによって、街や人々の生活や精神が荒廃するという想像はできないのだろうか。
依存症についての対策も、これからの話のようで、ギャンブル依存症は、他の依存症と同様、のめり込むのは瞬く間のことだが、抜け出すのは並大抵のことではない。
今でも、依存症の人は、いっぱいいるのだ。
暴力団やマフィアだって、きっと裏で動いているに違いない。
日本には、公営ギャンブルの競馬、競輪、競艇だってあるし、パチンコだってある。宝くじも存在しているのだ。だから、普通の市民にとってのギャンブルへの夢は、じゅうぶんに叶えられている。
大体が、大多数の市民はギャンブルになど行かない。ましてや、カジノなどは堅実な市民生活をしている者にとっては、無縁の存在でしかない。
カジノが煌いている、ラスベガスのような街は美しくもなんともないだろうに。
久しぶりの散歩
午前中は、腰に激痛が走って、動きが取れない状態だった。
整形外科でリハビリをしようと思っていたが、とても病院まで行く気になれない。
朝食も食べる気がしなくて、結局、食事をしたのは10時過ぎだ。
ぼんやりと、かなり落ち込んで午前中を過ごした。
午後になって2時過ぎに、奥さんがボランティアから戻って来た。昼食を買って来てくれたので、ガツガツと食べた。
その後、痛みが多少収まったので、やっと整形外科に赴いた。
昨日と同様、温熱療法と電気療法を20分ほどやってもらう。
かなり効果があるようだ。施術後、嘘のように痛みが消えてくれた。
帰宅した後、このままでは身体が固まって、元の木阿弥になってしまうかもしれないと思い、散歩に出ることにした。
明日の朝、どうなっていようが構やしない。また痛みが出ればその時だ。大げさだけれど、そんな悲壮な思いで出発した。
近くの公園に行く。
この公園は、ちょっとした山奥の雰囲気で、吊り橋がかかっていたり、樹木に覆われたりしている。
暗くなると、一応、街灯はあるのだが、ほとんど暗闇で、一人で通るのはかなり勇気がいる。
公園の展望場所まで、木の階段を登って行った。ところどころ腐った箇所があって、少し危ない。
展望場所は、秋や冬は遠くに奥多摩の山々が見えていて、それなりに見晴らしがいいのだが、今は木々が生い茂って何も見えない。
それでも、久しぶりにやって来たのでなんとも言えない感動がある。
その後、管理事務所のある広場に歩いて行く。いつもの散歩コースだ。
ほんとうに久しぶりに、ベンチの前で20分ほどストレッチをした。
腰に痛みはない。
もう少し距離を伸ばしてファミリーマートまで歩いて行った。無理は禁物なので、ここで引き返す。
いくつか買い物があったので、スーパーまで行って必要なものを購入した。
帰りに雨がパラパラと降って来たが、どうにかもっている。
明日は、どんな具合だろう。天気も私の身体も。
もうすぐ米朝首脳会談
テレビを何となく点けっ放しにしている。
映像でなく音声が、後ろから流れてくる。
こんな時期に、日米首脳会談が行われて、安倍首相があたふたと、恥ずかしげもなく昭恵夫人を伴って訪米した。
トランプとの共同声明を出している映像が、目の片隅に映った。
拉致問題の件について話している。
トランプ大統領が米朝首脳会談で拉致問題を取り上げてくれることを確認したらしい。
安倍首相も北朝鮮と拉致問題について直接会って交渉したいと言ったらしい。
大丈夫なのだろうか、安倍首相は。
トランプ頼りではなく、日本政府として拉致問題について、北朝鮮と繋がるチャンネルをどのくらい持っていて、どのくらい交渉をして来ているのだろう。
最大限の圧力と声高に叫んで来たけれど、裏では何がしかの接触をして来たのだろうと期待するし、日朝の歴史を考えれば、国家としてそうするのが当然だと思うのだが、どうなっているのだろう。
まったくチャンネルを失くしてしまったのだろうか。
日朝間の交渉は、アメリカ頼みではダメだろう。日本が直接、働きかけてやらなくては。
国家相互に信頼関係がなければ、上手く行くはずがない。
信頼関係を醸成する努力が必要なのに、安倍政権にそんな期待はすることもできない。
国内の信頼も地に落ちているのだから、何をか言わんや、だ。
いびつな大根
昨日、梅雨に入ったらしいのだか、今日はいい天気だ。
春大根も息子や娘に送ってやって、残りは3本になってしまった。
一昨日は、奥さんが畑で抜いて来た真っ白な、まさしく大根足のような大根を一本、1,600円以上もかけて宅急便で娘のところへ送ったのだが、馬鹿ばかしいと言えば馬鹿ばかしいのだが、これが親心というわけだ。
で、今日は残った3本の中から一本を引き抜いて、以前同様、長男のところへ送ろうと思ったのだが、最初に抜いた大根が、何とも珍妙な形をしていたものだから、私たちの方で食べることにして、もう一本引き抜いた。
これが、今日の収穫した大根2本である。
長男の嫁さんには、予め電話をして大根を送るけれど迷惑じゃないよね、と確認してある。長男の嫁さんは、うちの奥さんと違って料理が得意なので、良いですよと、二つ返事で了解して大根を引き受けてくれた。
引き抜いた大根の畝には、後は最後の一本が、寂しそうに残っている。
明日からは、雨だそうだ。
今朝のニュース
朝のNHKラジオニュースで、香港政府が食料の輸入を制限していた日本の関東5県の内、福島を除く県からの輸入制限を解除したと言っていた。
まず、香港政府が、今までずっと関東からの食料の輸入を制限していたことに驚いた。そして、偉いなと感心してしまった。
我が日本政府は、こんな判断はしない。原発事故で、大量の放射性物質がばらまかれた当事者にもかかわらず、当初から、福島の食物を人々が購入しないのを風評被害だと言って、福島産の食料生産物の購入を勧めて来た。
その上、東京電力福島第1原子力発電所周辺の市町村の立入制限区域の指定を解除して、今や避難していた人々の帰還を奨励している。
福島の野や山は除染などされてはいない。放射線量も平気で毎時0.4μSvを超えてしまう。計算してみたら分かるというものだ。0.4×24×365=3504μSv。年間3504μSvという値は、年間3.5mSvという放射線量になってしまう。
国の放射線量の計算の仕方は、この値から自然放射線量の値を除いたりして、値は少し低くなるが、人間に許容されている年間被曝放射線量は1mSvなのだ。
※国の目指す除染後の空間線量は0.23μSv/hである。年間1mSvの放射線量を、単純に毎時に換算してみると、1000μSv÷365÷24=0.11μSv/hとなるが、次のような条件で計算することになっている。1日のうち8時間は外に、16時間は室内に滞在することが前提であり、室内の被ばく線量は外の40%とする。すると毎時の放射線量は、0.19μSvということになる。それに毎時間の自然放射線量0.04μSvをプラスすると、国の目指す空間線量毎時0.23μSv/hになるというわけだ。何だかたぶらかされている気がする。
福島第1原発事故後、許容放射線量の値が、無理矢理上げられたりして、それでも人体に影響はなく大丈夫だなどと、科学的に実証されているかのように国の政策に追従する学者が現れたりしている。
老人だけが、帰りなさい。未来のある若者や子供を、人体実験のために帰還などさせてはならない。帰還しなくても、他の場所で暮らして行ける政策を国が取らなくてどうするのだ。
東日本大震災と福島第1原発事故から7年以上が経過してしまった。
余りに不道徳な政権の下で、余りに情けない問題が噴出していて、原発事故のことなど忘れ去られているようだ。
香港政府のほうが、今の日本政府よりずっとましなのだろう。